「インナーチャイルド」への贈り物

 

初めての「リカちゃん人形」を買いました。夏の帽子をかぶって遠くを見つめる姿に、いまにもまっすぐ歩き出しそうなパワーを感じます。大人になった自分から インナーチャイルドの自分への贈り物をしたのです。

不安定な社会情勢で、多くの人が、「癒し」を求めているようです。日々を何気なく生きて来た私もまた、自分の中の「心の底に棲む子ども=インナーチャイルド」のケアをしたいと思います。

4歳くらいだったと思います。2人の姉に続いて生まれた私は、どうやら自分は、待ち望まれた性別とはちがっているのだということに気づき始めていました。父は私のことを「我が家の長男です」と苦笑まじりによその人に紹介しながら、なかば本気で私を男の子のように鍛えました。

男の子のように強くたくましいこと、手がかからない子であることを期待されながら 私は実は心の底で「リカちゃん人形」を欲しいと思っていました。かわいらしいもの、優しく美しい造形へのあこがれは、幼児期の私のまんなかにあったのです。

けれど、あの頃3人の娘から、当時流行り始めた「リカちゃん人形」を一斉にねだられた両親は、どういう気持ちだったのでしょうか。まったく同じ人形を3体も買い与えるというその買い物のありかたに、親としてもどうしても納得できなかったのでしょう。両親はその買い物を疎ましく思っていたようでした。

年末の、父の実家への帰省の途中でした。デパートの人形売り場での買い物の風景を、私はよく覚えています。父も母も私たちを説得していました。姉たちは気丈に言い張っていました。一番小さい私は、両親にすすめられた品を買ってもらいました。

その日、私に買い与えられたもの、それは人形ではありませんでした。赤いビニールでできた箱型の「リカちゃんハウス」だったのです。

2人の姉には人形を、末娘の私には「箱」を買い与えるという、奇妙な買い物をして帰省した一家に対し、親戚の人々は困惑したかもしれませんが、しきりにフォローしてくれました。特に末娘の私が買ってもらった「リカちゃんハウス」を、祖母や伯父が一生懸命誉めてくれたこと、次の日、なぜかその中の家具の一部が紛失し、灰の中から焼け焦げてでてきたこと、すべてが鮮明な記憶となりました。私をうちのめした悲しみや情けなさに交じって、私たち3人姉妹の関係性に、人形にまつわる居心地の悪いエピソードが加わり、姉妹3人を「人形嫌い」な女の子へと変えていきました。

それからまもなく、姉たちは「人形で妹を怖がらせる」というゲームに興じるようになりました。私の中で「人形」の存在は、もう思いだしたくもない、つらいトラウマとなったのです。

『人形は嫌だ。怖いだけだから。』永年私はそう思いこんでいました。

ところが自分の中のインナーチャイルドを癒す試みの中で、一枚一枚記憶の皮を剥がしていくうちに、あの日の帰省中の出来事にたどりついたのでした。そうして「本当はリカちゃん人形が欲しかった」という、素の感情に気づいたのです。

本当は涙がでるほどリカちゃんが欲しかったのに、あの日、私だけが人形を買ってもらえなかった。あの赤いビニールの箱ではなくて、本当は私のリカちゃんが欲しかった。それなのに、『聞き分けの良い子』を演じ、自分の心に嘘をついて「人形嫌い」になりすました私でした。

我慢という50年間の強い呪いを解いて、「リカちゃん」を手にしたとき、体中がじんわりと温まるような、不思議な感情に包まれたのでした。

「うわぁ かわいい!」と喜ぶ、インナーチャイルドの私がいます。リカちゃんの姿を見るだけで 胸が高鳴るほどの嬉しさに包まれます。本当はずっとずっと欲しかった、50年遅れの贈り物でした。欲しかったものを手に入れることが、こんなにも心が満たすということを初めて知りました。愛されてきた人は だからあんなにも温かくて優しいのかと、腑に落ちました。

幸せに満たされた私は もう2度と、渇くことはないような気がするのです。

「我慢」という呪縛から解かれ、欲しいものは欲しいのだ と、素直に手を伸ばしたい、この世界に、後悔も不満も怨みも、なにひとつ残さないで生きよう、そうする価値のある存在だ と知った、尊い私が、今はいます。

「本当は私はこうしたい」「本当は私はこれが欲しい」・・そんな風に、自分の中の願いを素直に言葉にできる子どもを、私は素敵だと思います。

大人になっても、「こうしたい」と主張し、夢を叶えるための一歩を、遠慮なく踏みだすことのできる人を、私は素晴らしいと思います。そんな生き方をする人は、世界を恨まず、不満の少ない人生を歩むことでしょう。

これからは、私自身もそういう人になりたいと思うのです。「我慢は美徳」という呪縛で自分自身をだまして、こころの中に50年間も置き忘れてきた小さな自分に「ごめんごめん」と謝り、自分への償いをひとつひとつ贈りながら、シンプルに歩いていきたいと思うのです。

欲しいものに手をのばす。世界に恨みを残さない そんな生き方を これからは選びたいと思います。

 

 

 

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