夢叶う

『今年の秋に沖縄に行こうよ』と娘から誘われたのは6月のことでした。

キャンペーン商品で秋の早割旅が売り出されているから と娘は言うのでした。私にはわかりません。若いアンテナだけが受け取れる情報なのかもしれません。それともパラレル世界なのでしょうか。こんな風に若さに圧倒されるのが好きです。

コロナの見通しの立たない中で 予定を立てることに不安を覚えながらも、私は『うん10月に2人で行こう』と応えていました。

6月は娘の誕生月で、10月は私の誕生月です。頑張って生きてきた私たちに ご褒美の旅があってもいいような気がしていました。

もしも 秋の沖縄が コロナによって行けない場所になるならば その時は諦めれば良い。そう心に思い決めたのです。いつも友だちと旅する娘の たまのお誘いは 私には大切な機会でもありました。やがて無事にその日を迎え、私は福岡から、娘は仕事帰りに羽田から、それぞれのペースで那覇空港に飛びました。

私の誕生日を含んだ4日間の旅は 娘が押さえてくれたホテルから 娘が押さえてくれたレンタカーで出発し 娘の調べた穴場の美味しいものを食べる旅でした。仕事の疲れを癒す旅だから 毎日朝寝坊をして 遅い朝食を楽しみました。

美しい海を眺めていると ふと『天国』という思念が浮かんできました。歩いてきた人生が間違ってなかったから、私は天国に行けるかも という思いが どこからか湧いてきたのでした。

沖縄に住む友人に頼み、かねてから行きたいと願っていた『斎場御嶽(セーファウタキ)』に初めて足を踏み入れました。心配していた台風は いつのまにか消えました。辿り着いた安堵とともに そんな私を祝福するように吹いてきた風と心地よい光につつまれました。。神々しい聖地に迎えられながら まるで最初から自分が赦されていたような感覚を味わうことができました。

沖縄には 旅人に対するそんなおおらかな赦しがあるように思います。

『良いところだねぇ。住みたいねぇ』『有名人が沖縄に別荘を買うわけだわ』と言い合いながら 娘と過ごす旅の時間は 仕事のことも 日常の生活も 意識の彼方に遠ざかりました。人生という階段の 今は美しい踊り場にいるのだ と言うような 不思議な浮遊感の中にいました。娘の子ども時代のつらい時の話も 大人同士の今なら笑って語り合えたりもします。

『もしも億万長者になったら何する?』夜は親子でツインのベッドを並べ うとうとしながら『もしもゲーム』をしました。そして 私はふっと気づいたのです。

『仮に億万長者になったとしても 私は 今の私とまったく変わらないのではないか』と言うことにです。

私が仮に億万長者になったとしても 私は今日と同じ服を着て、同じ靴を履いてここにいるのでしよう。どんなに沖縄が好きでも 私はたぶん沖縄に別荘を買ったりはしないでしょう。所有することが心の負担となることを知った今の私にとって いくらお金があつても きっと一番嬉しい旅は 娘が割引セールで予約してくれたホテルで 非日常を楽しむ レンタカーでの親子旅なのです。

『あ もう夢は叶ったんだ。』と そのとき ふと気づきました。人生という階段があるなら ここは美しい踊り場だけれど もう私は昇らない。これ以上の高みを目指さない。なぜなら ここが一番高い場所だから。

『おかあさんは 生きたいように生きてきたから もう 全く悔いは無いみたい。いつあの世に行っても大丈夫な人だね』と 娘が笑います。

そんな風に笑ってくれる娘や 新しい家族という応援団を得た息子 そして戻っていく私を待つ穏やかな日常は 私にとって 夢が叶った人生だと気づいたのです。

そして 私をここへ連れて来てくれた 大きな力への親しみと感謝が ずっと こんこんと湧いています。

 

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