バレーボールに夢中になって

小学校高学年になると、「男子」「女子」と呼ばれることが多くなりました。そのころ流行り始めた「スポーツ少年団」では、「男子は野球、女子はバレーボール」と なぜか決まっていました。私は、野球で遊ぶことも好きでしたが、バレーボールクラブに入部し、女の子の仲間と長い時間を過ごすようになりました。

小学校高学年の女子といえば、「人間関係が難しくなる年頃」と、よく言われますが、優勝をめざしてみんなで練習することは、どんなにきつくても楽しいと思えたものでした。試合の緊張感やプレッシャーさえも、私には楽しく思えました。

バレーボールの試合で、レシーブひとつ、アタック一つ、サービスエースひとつでも決めれば、みんなにハイテンションで喜んでもらえるし、かけがえのない大切な選手として尊重されました。その「努力が報われる感じ」の単純さが、私は気に入ったのだろうと思います。そのころの私はもっともっと上手になりたいという欲でいっぱいでした。一生懸命練習して、チームの役に立ち、友だちのお母さんやお父さんからも大切なチームメイトとして声をかけてもらえるようになりました。この新しい世界に私はすっかり夢中になりました。

たぶんそれは、私たちが、あの『地獄の教室』を生き抜いたあとの、相対的な開放感に酔いしれていたことも理由のひとつだったと思います。私たちはおそらく、少し たがが外れていたのでしょう。

夏の暑い日の、練習のあとの水道水のおいしさや、冬のかじかんだ体が、しだいに温まっていく感覚、汗ばんでほてった体を、また冷たい空気が冷ましていく心地よさ、体育館の、独特の音の反響、ボールの皮の匂い、ネットを片付けるときの、仲間との阿吽の動き、人生で一番 体が軽々と動いていた時期の 私の輝かしい思い出です。

一点を争って、ひりひりするような僅差の試合を経験し、ものにしたり、落としたりをするうちに 学んだことがありました。それは、勝てるチームになるために大切なことは、仲間の気分を「のせる」こと「あげる」こと、でした。ちょっとのミスにこだわって、仲間同士で責め合うことは、実は逆効果なのです。仲間が失敗した時こそ、笑顔で「ドンマイ」と励ますような、おおらかで、のびやかな空気を作った方が、結局のところ、体も良く動いて、持てる力を発揮でき、勝利につながるということを、私たちはごく年若いときに学びました。それは、親も先生も教えてくれたわけではない、ただ試合経験から学んだ人生の智恵でした。

練習の後の、体育館での開放感に満ちた遊びのひとときも 私は楽しみました。当時はピンク・レディの歌と踊りが流行っていて、バレーボール部の仲間とみんなで踊っては、大きな声で笑いあっていました。ただ、その浮かれた気分を家に持ち帰ると、母から「うるさい この子は うっとおしい」と嫌がられました。外の世界でいくら認められても、家の中に戻ると、あいかわらず、家族での私の順位は最下位でした。勉強そっちのけでスポーツに熱中した私は、親から見れば困りものでしかなかったようです。のちのち、二十歳を過ぎても体育会の女子バレー部に在籍していた私は、とうとう親から「いいかげんにしなさい」と退部を勧告される日を迎えることになるのです。退部しませんでしたが。

「バレーなんかに熱中してないで、もっと将来のためになることをしなさい」と両親はよく私に小言を言いました。二人の姉は私とちがって、ピアノも弾けるし書道も上手、勉強もよくできて、”将来のためになること”に時間を使っていたようでした。(私はと言えば、ピアノも書道も絶望的に下手で、すぐに挫折しました。)

けれど、長い生涯をふりかえって、思うのです。

人生でたびたびやってくる、いちかばちかの本番に、無心で挑む胆力や、こつこつと ひとつの技を 誰かと連携して仕上げる根気、そして、チームの仲間同士で「のせて、あげて」「リラックスさせて」互いの力をひきだす智恵。勝てるはずの試合にかりに負けても、その負けを認め、相手を称え、仲間をねぎらう方が、実は得をとる*1ということ・・私の人生を、底から支えてくれた智恵と力のほとんどは、あのバレーボール時代に身についたものなのでした。

ただ、私の両親は、私にとってのバレーボールが、実は人生の基盤になっていたという事実を、わかりたくなかったようです。そういう親御さんは、世の中に多いような気がします。自分の設計図とは違う方向に我が子が歩き出すことを、ひどく嫌がる親御さん。予定の変更が苦手なタイプなのでしょう。

スポーツに限らず、なにかに熱中する子どもに、くどくどと小言ばかり言い、目先の損得を言い募り、自分の価値観を押し付け、「のせず、あげず、励まさず、脅してばかり」の大人たちは、実はなにもわかっていない、けちな愚か者なのです。「清兵衛と瓢箪」を書きたくなった志賀直哉の気持ちが、このごろやっとわかったような気がします。

*1内田樹「負け方を習得する」より

 

 

 

 

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