愛しいモノたち その2

三陽商会というアパレルメーカーが、マスクを販売し好評という記事を読みました。1943年創業の老舗だそうですが、まぎれもなく現在の、このコロナの夏に企業として向き合っているのだと感じます。

いまから20年前の2000年の冬、初めて三陽商会のコートを買いました。黒いギャバジン木綿の、控えめなデザインのコートでしたが、その軽さと、するりと体に馴染む着心地に驚いたものでした。

お店の女性は、丁寧に商品を包みながら、「良い品物ですから、ずっと着ていただけますよ。」と、長く着られる名品であることを誇りました。その日連れていた、当時4歳だった娘に目をやり「そのお嬢さんにも着ていただいて、親子2代でお召しくださいね。」と真顔でささやいたときには「いくらなんでも、それはないでしょう」と、心の中で呆れたものでした。

あれから、20年経ちました。あの日、あの女性の言った言葉は、決して大げさではなかったと実感しています。私はあれから、そのコートのあまりの着心地の良さと丈夫さ、使い勝手の良さに、いっさい他のコートを着なくなってしまったのでした。近所のコンビニに行くとき、部屋着のフリースとジーンズの上に、その黒いコートを羽織りました。お葬式でも結婚式でも、寒い日には同じ黒いコートのお世話になりました。まもなくリピート買いしたスプリングコートと併せて、毎年毎年、ひっぱりだして、とうとう20年間、着続けてきたのです。

女性の予言どおり、やがて娘は成人すると、「ちょっと貸してね」と言い始めました。「着心地がいいから」と、就職活動中にもスプリングコートを離さず、不安な気持ちに寄り添う「お守りコート」となったのでした。

20年間着続けると、さすがに袖口が擦り切れて、糸が出てくるようになりました。まったく同じ製品を買おうと探しましたが、時代がうつり過ぎて、同じものは、もうどこにもありません。

春先に娘と三陽商会に行きました。1年間の研修期間を終え、いよいよ本格的に働くという娘のためのコートを買いたいと思ったのです。

「長く着ること」を誇りとする三陽商会は、なんと「100年コート」というシリーズを始めていました。ただ売って終わりなのではなく、3年ごとにコートをメンテナンスしながら、先々何十年も着てもらおうと、本気で考えていることが伝わってきました。その姿勢は、同じコートを着続けた私のことまで肯定してくれているようで うれしく感じました。

娘が選んだのはネイビーのステンカラーコートでした。借り物のコートを卒業した彼女は、この 自分のための「100年コート」で、彼女なりの新しい人生の日々を踏み出すのでしょう。

「こちらのコートを20年着ています。傷んできたんですが気に入っているので手放すことができません。お直していただけますか?」と尋ねると、お店の人は目を輝かせて「もちろんです」と言ってくれました。「長く着ていただいて、ありがとうございます。心をこめてお直しさせていただきます。」と。

コロナの影響で、2か月間もの営業停止を余儀なくされたお店でしたが、再開後まもなく、きれいに修繕され、生まれ変わった2着のコートが届きました。プロの手が加わることにより、なんだか余計にエネルギーを増したような表情をしています。おかえり、きれいになったね。

愛着の増したこのコートたちには、もう少し私につきあってもらおうと思います。やがて来る21回目の冬が、待ち遠しいような気もします。

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です