「わからない」を「わかる」。(無知の知?)

最近ある人が「気持ちをわかってくれる人に出会ったのは7年ぶり。」と、私のことを褒めてくれました。

彼女のそのひと言は、私を元気づけてくれますが、不思議なものです。私は先日、彼女に向かってこう言ったからです。

「私には、たぶんあなたの気持ちはわからない。あなたの立場に、私は立ったことがないから。」と。

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「自尊」のすすめ

朝、起きたときは、まず、ごく普通の体調で、当たり前の時間に目覚めるという「偉業」を成し遂げた「自分を尊敬」しましょう。それは、本当に貴重で、立派なことなのだということに気づき、「今日を普通に生きてる私ってエライ!」と、まずは自分自身を褒めましょう。

夕方、一日を終える頃の自分には、多少の失敗があったとしても、誰かに激しくダメ出しをされたとしても、「今日も頑張って生きた私はエライ!」と「自分を尊敬」し、自分の頭をヨシヨシと撫でましょう。それを毎晩の習慣にしても良いくらいです。 “「自尊」のすすめ” の続きを読む

「命令解除」してますか

「『よっこいしょういち』っていう人がいますよね。あれって誰ですか?「よっこいしょういち」っていう芸人さんがいるんですか?」

そんな風に若い人から訊かれて、「隔世の感」に打たれるのは私だけでしょうか。横井庄一さんのことを知らない人々が、周りにこんなに増えるなんて、あの頃の私は思ってもみませんでした。

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 「恐怖」を克服する方法(自分レスキュー4)

仕事に向かうとき、少し「怖さ」を感じるときがあります。たとえば「クレーム処理」や「謝罪」が、今日の仕事だったりする日は、「今日は失敗できないな」と自分にプレッシャーをかけてしまい、「怖さ」に体が硬くなり、表情が暗くなることもあります。そんなとき、数年前、はるさんから「恐怖を克服する」チェアワーク(椅子の療法)をしてもらった日のことを思いだします。

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花のように育てたい

「天国みたいです」というコメントとともに、どこまでも広がる青い花畑が手元にとどきました。関東に住む娘からのものです。

誰かが丹精してくれた「花」のめぐみを遠慮なく吸い込み、「花」の与えてくれるエネルギーにふれた日は、ただただ嬉しく、この世界への感謝があふれます。やっぱり私は「花」が好きなのだと思います。

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出会いの季節がうまくいく5つのコツ

新しい年度が始まり、忙しさに埋もれている間に、あっという間に半月がたってしまいました。日本中のあちこちで「初めまして」という出会いが重ねられているのだなぁと思いながら日々を過ごしています。

私もまた、新しい職場に転勤し、周りの人に教えてもらいながら、仕事をひとつひとつ覚えているところです。「50代からの転勤はきつい」と、よく先輩から聞かされていましたが、若い人に教えてもらうことが、それほど苦にならない私は、そういう意味では救われているのだろうと思います。

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あなたの弱さも好きでした。

春の人事異動で、8年間働いた職場を離れました。いろんなことがありました。一緒に働いた仲間の人柄、ぬくもり、存在感が、今は私のこころをあたためます。ひところ、胃が痛くなるほどに苦痛だった日々もありました。苦手だった人もいました。それらをふくめて、かかわったすべてのことが、私を成長させてくれたと、今は思います。

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「言い方」という言い方が好きな理由。

年度末の季節、みなさん気が立っているのか、このごろ「そんなことでこんな言われ方をするなんて・・・。」と感じるような、言葉の攻撃を受けることが ありました。

激しい攻撃を受けた時は、やはり体が反応して頭に血が昇り、心が硬く閉ざされたような状態になります。おびえと怒りが同時におしよせてきて、こころが不安定になることもあります。

「私自身に問題があるのかな」と一瞬考えますが、少し落ち着いてみると、「そういう人は、誰に対しても同じような接し方をしている」ことに気づきます。つまり、「これは『私の問題』ではなく『ご本人の問題』なのだ」とすぐに気づくのです。客観的に考えても、私が悪いわけでもなさそうです。

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なんでもない日

子どもの頃、毎日はただ、朝に目覚めて、昼がすぎ、日が暮れて一日が終わりました。晴れていれば空気は気持ちよく乾き、雨が降れば空気はやさしく湿っていきました。夏の日の夕立、冬の日のちらつく雪、それらの発する空気感を思いきり吸い込みながら、動物のように私は生きていました。

まだ、私の中に、時計はなく、カレンダーもなく、予定も、未来の予想もありませんでした。あのひとときを私はよく覚えています。

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愛しいモノたち その5

ほどよく小さく、硬質な車体、目立たないけれど上品な白、かわいらしい涙目の顔、店の片隅に置かれたクルマに一目ぼれして、少し無理して買ったのは、14年前のことでした。それから私の生活はがらりと変わりました。

生まれて初めてのナビゲーション・システムは、方向音痴で地図が苦手だった私に、「どこにでも連れて行ってあげるよ」と約束してくれました。

初めてのETCカードを手に入れ、初めて自分のクルマで高速道路に乗りました。「どこにでも、ひとりで行けるんだ」という可能性を得たことで、自信が湧いて来たのを覚えています。

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自分でできる やってみる

生まれて初めて、家の窓の「網戸の張替え」に挑戦しました。

長年のほころびであちこちに傷みが目立ち、今年の夏を迎える前に、是非張り替えなければと思っていました。

今までであれば、どこかの業者さんに電話をして予約をし、家に来てもらってお金を払ってお願いする作業でした。でも今回は自分でやりました。

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ついていかない(ついていけない)

二月も、もうすぐ終わります。「二月は逃げる」と言うように、本当にあっという間に日々が過ぎていきます。

三寒四温という言葉もあるようですが、最近、気温の振れ幅が大きくて、三日か四日のうちに真冬と初夏の間を行ったり来たりしているようです。体への負担も大きいし、服装を選ぶのも一苦労ですが、これも季節感ですね。こうして三寒四温の日々を過ごすことで、季節は新しい方へ向かっているのでしょう。 “ついていかない(ついていけない)” の続きを読む

カラダの声を聴く

やはり年齢は嘘をつかないのでしょうか。あの日を境に、腰や背中がキリッ、ピキピキ、と痛むようになりました。「あの日」とは、3年間つながった高校生を見送り、ふと孤独と自由時間を手に入れた、あの日です。まるで、長いこと私自身に無視されていた私自身の体が「待っていました」とばかりに自己主張を始めたようでした。

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「男が上に」という呪いについて

「男が上に」という目に見えない毒による、自家中毒に苦しんでいる日本社会の姿、私にはそう見えるのです。「男は女の上に立たなければならない」と、誰かが刷り込んだ前世紀の呪いが、こんなタイミングであぶりだされ「どうするよ?TOKYO 大丈夫?」と世界の人から呆れられている、そんな風景です。

東京オリンピック・パラリンピック組織委員会の森会長の発言が、世界中に波紋を広げています。

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去りゆく人へ

別れの季節がまたやってきます。自分の子よりもずいぶん若い人たちと3年間を過ごしてきました。感染予防の距離をとるために、広い場所に離れて並んでいる若者たちの背中を見つめながら、ああ、私はまた、かれらを見送るのだなぁと、その現実をかみしめています。大切に握っていた糸が、自分の手を離れ、空に舞い上がる無数の風船を見上げるような気持ちです。

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