18歳のあなたへ

とうとう高校3年生の夏ですね。6・3・3の12年間を「学校」という場所で過ごしてきた方々へ、伝えたいことがあるのです。

高校2年生の頃から、いやそのずっと前から「大学入試制度改革一期生」と呼ばれ、先の見えない勉強の日々を送ってきました。二転三転する「大学入試制度改革」にふりまわされ、落ち着いて受験勉強に向き合うこともままならなかったかもしれません。「身の丈に合せて」などという、誇りを傷つける言葉を、頼んでもいない人にわざわざ言われたこともありました。

2年生の三学期から3年生の一学期にかけて、コロナの影響で学校への登校が禁じられました。親しみを結んだ先生が、別れの挨拶もないまま姿を消し、いつのまにか新しい先生に入れ替わっている校舎で、あなたの心の底に喪失感が降り積もっていくのを見ました。それでもあなたは、何も感じていないような顔をして、すべてを黙って受け入れていたものです。

「人の命がかかってる」と言われれば、それに逆らうことなんて誰にもできない。もちろん、それはあなただけではなく、地球上の誰もが同じです。

ずっと部活動生として勉強との両立をしながら、目指してきた高校最後の大会も消えました。高校最後の遠足も、クラスマッチも、夏休みも、体育祭も文化祭も、落ち着いてじっくり受験勉強に向き合う日々も、あなたが当然手にできると信じていたものが、知らぬうちに次々に奪われようとしています。それでも不思議とあなたたちは、与えられた運命を黙ってひきうけようと決めているかのように、「今日一日」のささやかな青春に感謝をして、精一杯「与えられた得難い日常」をかみしめようとしているみたい。見ている方が悲しくなるほど、ますます謙虚なあなたたちが愛おしいです。

その「大人びた対応」に感心すると同時に、その「従順さ」は、私が30年間見た、どの高校3年生よりも際立っていると感じるのは、私だけでしょうか。モノを言えば叩かれ炎上する時代に育ち「空気を読む」ことを強いられたあなたたちですが、これだけは自己主張してほしいと思うことがあります。それは自分の未来を自分で選び取る権利です。

夏は「進路三者面談」の季節です。家の方と先生とあなたで、就職するのか、進学するのか、進学するとすればどこに進むのか、家から通いたいのか、それとも家を出て自立したいのか、自分の進みたい道は何か、身に着けたい技能・資格は何なのか、どうかあなた自身の心の底にある思いに、親御さんと先生が耳を傾けて無心に聴いてくれますようにと祈ります。

この夏は、多くの大人が不安に陥っているために、「今までと違う生活」に踏み出すことを恐れ、嫌がる親御さんが増えそうです。

「○○ちゃんのママ」と呼ばれた18年間を終え、巣立っていくあなたを見送り、「親を卒業」して、次の生活にシフトしていくことは、親御さんにとっても大きな不安があるでしょう。今のような先の見えない時代はなおさらだと思います。

でもだからと言って「あなたのため」と言いながら、あなたの未来について、親御さんが影響を与えすぎるのは、とても危険なことだと思います。

「ママはいいけどお爺ちゃんがね」とか「自信があるの?あなたには無理よ」などと言う理由で、子どもの見つけた希望を却下し、「良かれと思って」子どもの未来をコーディネイトしてしまう親御さんは、実はとても多いのですが、もしあなたが、親御さんの決めた道に従った結果として、将来なにかの困難に陥ったとき、「ママが決めたのにこんなことになってごめんね」と言ってくれる人は意外と少なく、「何言ってるの?あなたが決めたんじゃないの!」と本気で言いだす方が多いのです。

そのとき あなたは 何を思うのでしょうか。自分で選び取った誇りある人生であれば、挫折を自分でひきうけて乗り越えるでしょう。けれど「本当は望んでいなかったのに」と思う道のぬかるみで、あなたは誰のせいにするのでしょうか。誰を恨めばよいのでしょうか。18歳の心をないがしろにし、都合よく忘れてしまった大人でしょうか。それとも、自分のこころを粗末に扱った自分自身でしょうか。

「先の見えない時代」それは誰もが感じていることだと思います。だからこそ、「親の言うとおりにしていれば間違いない」と教える人は、実は不誠実なのだと思います。見えないものは、親にも誰にも見えないからです。年長者の過去の経験は、コロナ後の未来には通用しません。

あなたには、あなたの知恵と力の限りで生き抜いて欲しいのです。これからの時代を生き抜くために、どんな道を選んでも、途中で迷って引き返してもいいのです。引き返すことがお互いさまの時代がくるでしょう。だから勇気を出して、自分の人生の主は自分なのだということに気づいてください。

あなたの未来の方向を決めるのは、最後まで責任をもってあなたにつきあってくれる唯一の人、つまりあなた自身なのです。あなたのことをあなた以上にわかる人はいません。あなたの力も自信も責任感も、その一歩を踏み出すことで、あなたの中から湧いてくるのです。自信のある人が一歩を踏みだすのではなく、一歩を踏みだすことで自信は生まれるのです。

6・3・3の12年間で、あなた方に対して丹念に刷り込まれた「従順さ」は、少ない予算で大人数に知識を授けるため必要なシステムでした。ついでに「産んでくれた親への恭順と罪悪感」も、2006年からの教育方針で丁寧に植え付けられました。でもそろそろ手放す時期が来ています。「高3での命令解除」を、この社会がさぼり続けたひずみは、すでにさまざまな成人後の親子の問題として、表れているからです。

18歳、やがて成人となるあなた達には、法律でも自己決定権が与えられ、人生の主になるのです。罪悪感をもつ必要はありません。「自立」とは「生活的自立・経済的自立」だけではありません。何よりも大切なのは「精神的自立」・・・・自分のことを自分で決め、それを誰のせいにもしないこと・・・それを、すべての18歳に、祝福とともに手渡したいのです。

18歳のあなたへ。勇気を出してください。

顔を見たこともないあなたへ、どうか強くたくましく歩いて、トンネルの向こうにある光をめざしてください。

最後に私の好きな言葉を贈ります。

「鎖につながれて正しい道を歩くくらいなら、私は間違いながらも自由に歩く方を選ぶ」(Thomas Henry Huxley)

 

 

 

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