粉とバターと砂糖とタマゴ

粉とバターと砂糖とタマゴ、バランスはだいたい200:100:100:1。隠し味に塩をひとつまみ、ざっくりこねてバタークッキーを焼きます。

素朴で高カロリーなバタークッキーは、育ち盛りの子どもたちにこそふさわしいということを、大人になって知りました。歳を重ねるといつのまにか忘れてしまう、あの濃厚なバターの風味を強く求めていた、懐かしい時代を思い出します。

このバター生地のクッキーを、特に喜んでくれたのは、娘とその友達でした。

娘が小学生のころ、家に遊びに来た女の子たちは、テーブルの周りをぐるりと囲んで、わいわい言いながらクッキー生地をこねました。

黄色い生地を好き好きに、オモシロイ形に作りながら、わらいころげていたあの子たちの、屈託のない笑顔を昨日のことのように思い出します。あれから10年以上も経ち、彼女たちは社会人になったり、母親になったりし、それぞれの今をすごしているのに、です。

娘が中学生のころは、バスケットボール部だったのですが、チームは弱くて、試合に負けてばかりでした。敗戦に傷つき疲れ切った彼女たちのために、クッキーを大量に焼いて、大きなタッパーに入れて差し入れると、女の子たちの表情に明るさが戻り、あっという間に空っぽにしてくれました。屈辱的な負け試合も、監督の怒鳴り声も、一秒でおいしい記憶に塗り替える、魔法の味でした。

「おばちゃんのクッキー、また食べたい」と、ときどき娘の友人にリクエストされると、それが嬉しくて、また作ったものです。人生の一時期、ほんの短い育ちざかりのときだけにしみわたる、不思議なおいしさだったということに、その魔法の種明かしに、彼女たちもいつか気づく日がくるのでしょう。

娘と息子のために、ときどき食べものを送るようになりました。新型コロナウイルスのために、会いに行くことも 帰ってくることも許されない今は、食べ物を送ることくらいしかできません、配送業の方の存在が命綱です。

首都圏でコロナに負けずに生き延びるために、身体の免疫力を高めることを、かなり本気で考えるようになり、栄養について詳しくなったの彼らが、LINEの向こうからリクエストをしてきます。

玄米、青汁、栄養サプリメント、そして・・

「バタークッキー 焼いて送って、おかあさん」娘からのリクエストに、忘れかけていた思い出を掘り起します。

免疫力を高めるかどうかは怪しいのですが、カロリーは間違いなく高いから、エネルギー源にはなるでしょう。懐かしい味は彼らをリラックスさせて自律神経を整えてくれるかもしれません。

この新型コロナウイルスに限ったことではないのですが、親であっても、わが子を「絶対に」守ることはできないのだと、改めて感じます。かりに愛する人が罹っても、看病に駆けつけることさえ、誰にもできないということが、この感染症の恐ろしさなのですが、だからこそ、離れて住む互いの存在が愛おしく、自分に大切なものは、その命だけなのだということに気づきます。

粉とバターと砂糖とタマゴ、バランスはだいたい200:100:100:1。隠し味に塩をひとつまみ、丁寧にこねてバタークッキーを焼きましょう。

どうか美味しく焼けますように、大切な人のもとに届きますように、魔法をかけるように、祈りを込めて、じっくりと焼きましょう。

 

 

 

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