「なぜだかわからないけれど、いつも仕事に追いまくられている」と感じる日々が、半年間続きました。
4月に転勤したために、業務の内容に慣れるのに時間がかかったせいでしょうか。年齢を重ね、新しい仕事を覚えるのが不得手になったのでしょうか。
「なぜだかわからないけれど、いつも仕事に追いまくられている」のは、私だけでなく、働く人々の多くが感じているということに、最近気づきました。
多忙の原因となる『なにか』の正体を見極めなければ、『なにか』を消すことはできません。『なにか』の正体はいったい何?半年間、見えない『なにか』に振り回されながら、ひとりで考え続けました。
そして、最近、ふと気づいたのです。
私たちを多忙に追い込んでいる『なにか』は、仕事を『より活性化するシステム』であり『企画』なのです。そしてそのほとんどが、数年前に、「どこかの誰かが」「未来のために」「よかれと思って」思いつき、企画し、予算をつけた代物でした。
TOKYO2020がそうであったように、その企画が通った当時は、まさか、世界が、こんな風に新型コロナウイルスに覆われているとは、誰も予想しませんでした。
つまり、いま、私たちを支配している業務は「コロナ以前」の誰かが、「昭和・平成」の発想で、「よかれと思って」「ご丁寧に」予算をつけて企画したものがほとんどなのです。
だからなのでしょう。その企画は「移動、交流、訪問」を伴うようなものが多く、「コロナ感染対策」に逆行しているものが多いのです。
コロナ以前の命令が、解除されないまま、コロナ後の私たちを支配し続けています。上の人たちは、その異常事態を収拾しないまま、迷走しながら、次々に新しい命令を発し続けているのです。
「行け」と言いながら「行くな」と言い、「戻れ」と言いながら、また「行け」と言う。今の世界は、冗談抜きで、そんな矛盾に満ちているのです。
だから、私たちは気をつけなければいけません。上からの命令に従って忠実に働いてばかりいると、こころが無駄に疲れます。「忠実に働くことが、命取りになる」そんな時代です。たぶんそれが真実です。
「上のみなさん」に訊きたいのです。その命令は、いつの発想ですか?それはコロナ以前に考え付いた企画ではないですか?もしもそうなら、その命令は取り下げてください。あるいは「コロナ時代版」へと更新してください。
感染が収束し、私たちが「コロナ対応」という、特別な業務から解放されて、余裕ある安全な世界がふたたび訪れたら、そのときは改めてその命令に従ってあげてもよいでしょう。
でも、その業務は、いまではありません。
その仕事は「いまじゃない!」のです。
あとでも良いような仕事は後回しにしましょう。この厳しい時代を生き延びるために、私たちは、仕事を選びましょう。そして「今じゃなくてよい仕事」から、勇気をもって手を引きましょう。もしも上の人に指導されたら「これは、今じゃありませんよ」と、教えてあげましょう。
「今でしょ!」という言葉が流行したころ、私たちは前のめりに行動していました。
あれから10年たち、世界はあのころと違う世界になったのです。だから、いまはただ、「いまじゃない!」という言葉を投げ返したいのです。