長い一日(原風景3)

ふたりの姉たちや近所の子どもたちは、朝になると大勢で集まり、幼稚園や小学校に向けて、にぎやかに出発します。一番年下の私は、かれらが出ていったあと みょうに静かになった家にとりのこされ、時間をすごしていました。1960年代、各家庭には、テレビも、電話もない、そんな時代でした。

そのころの私の記憶に残るのは、母の後ろ姿です。母は私に背を向けて、子どものための洋服を作ることに熱中していました。あるときは、編み機で作るニットカーディガンであったり、ミシンで作るワンピースであったりしました。そのころは今のように既製服がありませんでした。また「手作りのものを子どもに着せる心」や「その技術や熱心さ」のある母親ほど「良い母」として認められる、そんな時代でもありました。 “長い一日(原風景3)” の続きを読む

 雪の記憶(原風景2)

九州の内陸部のその町に、私が生まれたのは、その頃の父の勤務地が、その町にあったからでした。

両親にとっては、長い人生のうちの、一時期住んだだけの町かも知れませんが、私にとっては、人生の始まりの地なのでした。

春はレンゲ畑、秋には刈干しの稲が広がる田んぼとそれらに水をはこぶ小川が、私たちの遊び場でした。私は、二人の姉と近所の子ども達と一緒に、いつも大勢で、群れて遊んでいました。

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