クリスマスの魔法

クリスマスが近づくと、夢見がちな子どもだった私は、両親に「今年、うちにサンタは来るかな?」と聞きました。父も母も、「うちには来ないよ」と言いました。うちには仏壇はないけれど、お盆や暮れにはおじいさんやおばあさんの家に行き、仏様に手を合わせるだろう、そういう家にはサンタは来ない、父はそうきっぱりと言いました。私は、「そうなのか、だからうちにはクリスマスツリーもないのか」と、思いました。

ただ、たった一度だけ、まだ私が薪で風呂の焚き付けをしていた、あの木造長屋で暮らしていた頃、気まぐれなサンタが、私たちの枕元に立ち寄って、プレゼントを置いていったことがあったのでした。

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手の中に戻された青春

文化祭で飾られた「切り絵のステンドグラス」です。「何十時間もカッティングナイフを握り過ぎて、指のはらが、ほらこんなにカチカチになってしまいました」と、高校生が誇らしげに語ります。こんなに手の込んだ作品を仲間と一緒に、こつこつと仕上げる根気とエネルギーはどこからくるのでしょう。「2度とできないと思います」彼らはそう言って笑います。「青春の魔法」にかかったのでしょうか。

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森のワイナリー

久しぶりに地元のワイナリーに行きました。深い山の中に忽然とあらわれるその「葡萄酒工房」は、森全体の樹々を、ヨーロッパのワインの産地から連れてきたという噂のとおり、足を踏み入れた瞬間に、国籍不明の森がひろがり、樹々の生みだす新鮮な空気に、発酵したぶどうの香りが混じりながら、独特の風を吹かせています。

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愛しいモノたち   その4

この家に住み始めた20年前の秋、居間の畳の部屋の真ん中に、それはやってきました。ずしりと存在感をはなち、冬は炬燵にもなってくれる、大きな座卓です。

「テレビを見たり、食事をしたり、子どもが遊んだり勉強したり、語り合ったりうたたねのできるような炬燵が欲しい。子どもの体が成長しても、みんなで使えるような、大きな炬燵を買おう」と探し始めたのでした。

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粉とバターと砂糖とタマゴ

粉とバターと砂糖とタマゴ、バランスはだいたい200:100:100:1。隠し味に塩をひとつまみ、ざっくりこねてバタークッキーを焼きます。

素朴で高カロリーなバタークッキーは、育ち盛りの子どもたちにこそふさわしいということを、大人になって知りました。歳を重ねるといつのまにか忘れてしまう、あの濃厚なバターの風味を強く求めていた、懐かしい時代を思い出します。

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わたしたちの危機  その1

私たちにとって、最大の危機は、2013年の冬でした。今からちょうど7年前のこの季節です。寒い冬でした。はりつめた風船が、あと少しで破裂してしまうような、はりつめたゴムひもが、やがて弾力を失ってしまうような、そんな風にたがいに追いつめられていました。私も夫も、仕事がきつく、余裕のない、ぎりぎりの生活をしていたのです。

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ジェンダー発見

1996年の夏、喘息に苦しんだ妊娠期間を乗り越えて、私は無事に2人目の子どもを出産することができました。

分娩室で「女の子ですよ」と言われ、「ありがとう」と喜ぶ私に、助産師さんはこう言いました。「じゃ、上のお子さんは男の子なのね」この言葉に、特に意地悪な気持ちはなかったのでしょうけれど、私はこころのどこかに鈍い痛みを覚えました。なにげないひとことで、私の産みだした大切な命が、息を始めた一秒後に、また、一本の線を引かれ、仕分けられてしまったのでした。

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呼吸ができれば

夜、布団の中に入る瞬間、しあわせを感じます。それは「呼吸ができて、今夜も普通に眠るんだ。息ができるって、ありがたい」という思いです。あたりまえに酸素が体内に入ってきて安らかに眠りにつくことができる、なんて幸せなことだろう。ありがたい、ありがたい、とひとりで世界に感謝しながら、幸せな眠りにおちていくのです。

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いとこ そして伯母の最期について

1992年は、私にとって変化の年でした。3月に引っ越しし、4月に転勤して新しい職場に移り、5月に結婚をし、10月に妊婦となりました。大変ではありましたが、前に前に進んだ年でした。ただ、その一方で、どうしても忘れられないこともありました。それは、同じ1992年の2月に起こった、母方の本家に住む、年若い いとこの突然死でした。 “いとこ そして伯母の最期について” の続きを読む

光明皇后という人のこと

今日は古紙回収の日でした。思いきってたくさんの本を処分しました。

最近、電子書籍を利用するようになり、文字を大きくして読むことができる機能に「これなら老眼にも優しい」と安心しました。好きな作家の「文学全集」が、まさかの99円で手に入ることにも気づき、その手軽さと安価さに愕然として、「ああ もう時代は変わったんだ」と思いました。永年つきあった本の数々を、その黴臭い埃とともに手放すことにした私の背中を押したのは、電子書籍でした。本を断捨離したことで、家の中も頭の中も、ずいぶんと すっきりしました。

それでもどうしても、手放すことの出来ない本があります。子ども時代から好きだった児童書「お話宝玉選」です。

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犬と暮らせば   その8

犬が人間の7倍のスピードで年をとることは知っていました。でも、心のどこかで ベルはずっと私たちの傍にいてくれる気がしていました。私が老人になった日にも、よぼよぼの老犬になったベルが、まだそばにいてくれるような、そんな未来を思いえがいていました。そんなはずはありえないことに、私は目を向けていなかったのです。

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『ご め ん ね 記念日』

夏休みではありますが、近所の子ども達の姿を見かけません。特に最近の夏は、暑すぎて、子どもたちが外で遊ぶのは危険なのでしょう。

家の中で過ごす子どもたちを食べさせるのも、学童保育に行く子どもたちにお弁当を作るのも、材料を買い出しに行くのも大変だろうと思います。作った瞬間から腐り始めそうな この季節のお弁当、買い物帰りの袋の中で溶けはじめる冷凍食品やアイスクリーム、夏の台所はサバイバルですね。

「子どもの夏休みが、つらい」というお母さんたちの声をネット上で見かけると、私は、あの夏の日々を思い出します。

特に、今日は、8月16日、私にとっては「ごめんね記念日」だからです。

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犬と暮らせば  その5

暑い日に、通り過ぎていく今日のような夏の雨が好きです。濡れたアスファルトから立ち上る夕立の匂いと、目まぐるしく変わる空模様、急に暗くなった空に稲妻が走り、遠くから近づいてくるカミナリの音を聴くと、いつもベルのことを思い出します。ベルが亡くなって、もう7年もたつというのに です。

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