楽園はここにある

その土曜日の町では、年に一度の音楽祭のために、背中に楽器を担いだ老若男女が朝から行きかっていました。ほうぼうからアマチュアの音楽好きが集まって、2日間に渡って町のいたるところで、・・公園の野外ステージや、路上や、ライブハウスなど16か所で、30分ずつ、自分たちの公演をすることができるのです。しかもその日は、ワールドカップの試合もあり、イングランドとオーストラリアのサポーターたちが、黄色や白や緑に彩られたラガーシャツに身を包み、町の至る所に特設されたビール売り場に列をなしていました。音楽とラグビー、ふたつのイベントが重なって、不思議なにぎわいを作っています。

夫たちのステージが終わると、私たちも町に出て、果敢にビールの行列に加わります。黄色と緑のラガーシャツを着た、金色の髪の大きな人たちの中で埋まりそうになりながら、真昼間のビールで乾杯をします。大人になれて良かった、人生は最高だな、と思う瞬間です。

一番好きなイベントは広島県の東広島市西条で毎年秋に行われる「酒まつり」です。全国の酒好きが、老舗の酒蔵の新酒の蔵出しにひきよせられて集まってきます。そこに屋台やビール業者や輸入ワインの店が乗っかり、地元の学生や子どもたちやご老人もうれしくなって参加して、当然警官やボランティアも集まって、地方の町が、なんだかものすごいことになるのです。

試飲をしすぎて、ほろ酔いで町を歩くと、地面に車座になって、(たぶん旅人の)おじさんたちと(たぶん地元の)若者たちが人生を語り合っています。飲み過ぎて地面にのびてしまった大人を、小さな子が茫然とみつめています。お巡りさんが慌ててお世話をしにきます。いかにも牧歌的な、ある種カオスな、そんなイベントが、なぜか私は大好きなのです。かれらの人生は、日ごろの仕事は、もしかしたら悩ましいものかもしれないけれど、今日だけは自分を許して、他人に甘えて、限りなく互いに寿ぎ合って、「今、ここ」を祝っています。そんな「許しの祝祭」に身を置く人々は、誰もがとにかく上機嫌で、優しくて、どの顔も嬉し笑いを隠せない様子、見ているだけで幸せになるからです。

コンサート会場や、キャンプ場や、スキー場や温泉リゾート地など「楽しむために時間を過ごす人」の集まる場所に行くのが好きです。人々はみんなくつろいでいて「いまこの時間」を愛しているようです。彼らは、あえて誰とも競争しない「階段の踊り場」のような時間の素晴らしさを知っていて、この人生を味わうこと「楽園はじつはここにあること」を知っているからなのだろうと思います。

もちろん、そんな場所にも「スタッフ」は必要だし、社会を裏側から支えるために一生懸命働く人も欠かせません。いま、生活を立て直すのに精一杯で、楽しむ余裕などないという人もたくさんいるでしょう。そんな全ての人にもちゃんと自由な余暇・休暇が訪れ、お互いに、順繰りに「人生を楽しむ」時間を、与えられるときがくるようにと願います。

私にできることは、そうあるようにと祈る事だけです。

遠い町で働く子どもも、いま、眠れぬ夜を過ごしている人にも、地球の裏側で生きる誰かも、それぞれの人生を「ここにある楽園」として受け取ることができますように。そんな瞬間が与えられますように。

 

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です