去りゆく人へ

別れの季節がまたやってきます。自分の子よりもずいぶん若い人たちと3年間を過ごしてきました。感染予防の距離をとるために、広い場所に離れて並んでいる若者たちの背中を見つめながら、ああ、私はまた、かれらを見送るのだなぁと、その現実をかみしめています。大切に握っていた糸が、自分の手を離れ、空に舞い上がる無数の風船を見上げるような気持ちです。

3年前の春、15歳の彼らは、「不安」を顔に貼り付けて周りを見回し、これからどんな目に遭うのかとおびえる小動物のようでした。

「そんなに怖がらなくても大丈夫。」と安心させたくても、彼らは私という大人を信用してくれませんでした。上の立場で自分たちを支配し、恥をかかせる存在と目された私は、最初の頃は多くの15歳に警戒され、拒まれ、ときにはひどく攻撃されたりしたものです。その不信感がほどけ、話を聴いてもらえるようになるまで、かなりの時間がかかりました。

仲間を気づかう余裕のある15歳は少なく、こころのおびえを隠すかのように強がって、仲間の誰かをターゲットに、からかったりいじったりする人もいました。そういう人に限って「息をするのも苦しい」ほどの、つらい気持ちを抱えていることが多いものです。

「息をするのもつらい」気持ちは、私の若い頃にもありましたので、自分と同じ匂いがして、気になりました。

家族関係が親御さんの離婚や再婚で途中で変化した人は、そのことに触れずに過ごしていました。「こんな家庭はうちだけだ」と思っていたようでした。本当はステップファミリーは多くて、実際のところは教室の多数派なのにも関わらず、「自分は少数派だ」と信じさせる空気感を「学校」という場所は産みだしているのかもしれません。

「ヤング・ケアラー」として昨今問題になっているように、「母親が夜勤をしているあいだ、乳児の世話をしていて、夜中に眠れなかった」とか「認知症の祖母の夜中のトイレ介護をしている」という十代もいます。遅刻をしても、居眠りをしても、彼らは周りに対して自分の家の事情を語りませんでした。自分がそういう立場にあることが、彼らの人生にとっては当たり前であり、遅刻や居眠りの言い訳にすることすら思いつかないようでした。

きつい背景を抱えていることを知りながら、ただ「頑張ってるね。えらいね。」と励まし、「きついときにはこの部屋で休んで。」と、場所を用意することしか、私にはできませんでした。彼らは自分の家の仕事をしなければならないため、部活動に入ることすらできませんでした。成績優秀者にもなれませんでした。皆勤賞ももらえませんでした。それでも、かれらがどんなに必死で この卒業資格を手にしたのかを 私は知っています。

もしかしたら若者は、本来は豊かなエネルギーを持っています。ただ、同時に傷つきやすい自我と、強すぎる感受性で自分を責め 苦しむ姿もありました。

「きついときに休める部屋」という「駆け込み場所」は、あらゆる環境に、当然のようにあるのが良いと思います。あらゆる職場に休憩室があるように、ホテルにロビーがあるように、「『ほっとできる場所』がある」という安心感だけで、エネルギーは保たれます。「いつでもおいで、応援しているよ」というメッセージだけを受け取りながら、まったく疲れを見せずに過ごし、とうとう利用せずに出ていく人がほとんどでした。

若い人に対する考え方として「甘やかしている」とか「さぼり癖がつく」などと言う言葉を発する人もいます。ただ、いつも思うのは、「本人のきつさ」が、どれほどなのかは、その人にしかわからないのですから、本人以外の人に「さぼり」だと判断することはできません。また、若い人の多くは、健康で、熟睡できて、体の調子も教室のいごごちも良ければ、仲間と楽しく過ごしたいのではないでしょうか。それができるのにわざわざ「ひとりだけ別の場所にいく」ことを望むでしょうか。休む理由があるから「やむなく休む」のです。ぎりぎりまで頑張ってもきつくて耐えられず、涙を流しながらドアをあけても、しばらく休んで、涙をふいたら、彼らは必ず 本来の場所に戻りました。

いま、18歳になった彼らは、大人びた表情で、私をいたわり、気づかう声をかけてくれます。大人としての頼もしい姿に、見上げるようなまぶしさを感じます。

ひとりひとりのことを思うと、それぞれがきらきらと輝いています。すべての人がその人生の主人公であり、本物のドラマを私に見せてくれたのでした。

最後の一年間はコロナ禍によって、「予定通りにならない未来」という「この世の真実」を一緒に学びました。だからこそ謙虚に誠実に生きていた、あなたたちのことを私はずっと忘れないでしょう。

そろそろお別れです。ロードレースの伴走者が、ゴール手前で 人知れずコースを外れるように、その門出をそっと見送ろうと思います。

 

 

* 本日の画像も高校3年生の作品でした。

 

 

 

 

 

 

 

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